last updated 1997/06/04
第20話(全130話)
マリカ姫(3/4)
彼は本来の彼がそうであるように、どこまでも冷静で、そしてどこまでも透き通った目でマ
リカをみつめていた。その目には言葉よりも先に、マリカへの返答が現れていた。
瞳はこう言っていた。
思うがままに 生きなさい
「姫・・」
「姫ではない。いまより私はただのマリカだ。いや、マリカです」
「ではマリカ、お行きなさい。私はあなたを正しく導いたと信じたい。あなたが決して自分を
見限ったり軽んじたりはしないと信じたい。そういうふうに私はあなたを教育してきた。確か
に私は心を高めるために剣を学べと言った。あなたはそしていつも優秀な生徒だった。そんな
あなたが結婚によって自らの心を殺すことになるとお考えなら、いいでしょう、わかりました
、これが最後といたしましょう。どこへなりとお行きなさい。納得されるまで放浪されるがい
いでしょう」
「お前は、いや、あなたは私を追うのでしょうね」
「追います。王の命令には逆らえません。逆らえば秩序が乱れます」
「そう応えるんだろうなって、思いました」
「けれど私は命令とはいえ、教え子を裏切るような真似もいたしません」
「私を逃がしてくれる?」
「いえ追い続けます。あなたが自分で自分の問いかけへの答えをみつけるまで、私は何年だろ
うとあなたを追い続けます」
「捕まえはしない?」
「こんな老いぼれに捕まるようなあなたではないと、王も思うことでしょう。あなたはほかな
らぬこの私の第一の教え子なのだから」
「・・ありがとう」
言うマリカの瞳に涙があふれていた。
みつめるナッツの瞳にもわずかな震えが見て取れた。剣の達人は涙を流したりはしない。た
だ瞳に万感の想いを託して、相手を強くみつめるだけだ。
教師と教え子はいま、最後の授業を終えようとしていた。
師と弟子はいま、新たな修業へと歩みを進めようとしていた。
「もう一度お手合わせいただけますか?」
訊いたのはマリカのほうだった。ナッツはうなずいた。
ふたりは立ち上がると、それぞれの剣を構えて向き合った。両者とも呼吸を整え、相手の目
だけをみつめる。ギュッとマリカは剣の柄を握り直し、ゆっくりと上段に振り上げて行く。ナ
ッツは尖先で円を描くようにマリカの周囲を回りはじめた。剣は下段に構えたままだ。マリカ
はナッツの足の運びに神経を集中し、そして隙を見て思いっきり踏み込むと、剣を斜めに振り
降ろす。ナッツは振り上げた剣でそれをはじき、同時に体を反転させながら剣を水平に払った
。向かってくる刃を床を蹴り、宙に舞って躱すと、マリカはナッツの頭上を越え、その背後に
着地した。ナッツは振り向きざまに下段から斜め上へと剣を振り上げた。
ふたつの刃がいままさに激突し、火花を散らさんとしたまさにその瞬間、マリカの首に下げ
られていたペンダントが赤い閃光を放った。マリカとナッツは同時に体の動きを止めた。それ
はさながらストップモーション。慣性の法則に筋肉の強靭な力で対抗できる者にだけ出来る芸
当だ。マリカは一歩飛び下がり、ナッツとの距離を取ると胸のペンダントに視線を向ける。ナ
ッツはフーッと体内にため込んでいた息を吐き出すと、ヤレヤレと苦笑しながら剣をひと振り
して鞘に収める。
「マスターに何かあったようだね」
「みたい」
うなずき、マリカはナッツに目礼する。
「この続きは必ず」
「きみが私に捕らえられた時に」
言うナッツがマリカのことをもう「姫」とも「あなた」とも呼ばず、「きみ」と読んでいる
のに気づき、マリカは口元をギュッと引き締めた。
わたしはもう姫ではない。ナッツはそれを許してくれたんだ。だからもう敬称は使わないよ
、と静かなまなざしで彼はそう告げている。
「あのロボットが救難信号を発信するなんて、はじめてだわ」
(つづく)
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